僕の彼女は、何でも「頂戴、頂戴」とうるさい。気の弱い僕は、言われるがままに、何でも買ってしまう。
この前のデートで、彼女は、真っ白なワンピースを着ていた。
ショーウィンドーの中では、スタイルのいいマネキンが、真っ赤なワンピースを着ていた。
目敏く彼女はそれを見つけると、こう言った。
「このワンピースかわいい。きっと、私に似合うわね」
僕は正直言って「似合わない」と思っていたのだけど、気が弱いので、とてもそんなことは言えず、
「うん、きっと似合うよ」
と、ビクビクしながら言った。
その時、彼女の目が蛇のようにキラリと光った。そして、僕の目には、彼女の身体からいつものように発する、異様なオーラが見えたのだ。
「このワンピース、買って頂戴」
予想通りの彼女の言葉に、僕は返事に戸惑った。値札に目をやると、僕の一ヶ月のバイト料に等しかったからだ。
「ねぇ、買ってよ。買ってくれなきゃ私、あなたと別れるから」
僕は正直言って、身の破滅につながるこんな彼女とは別れたかった。でも、気の弱い僕は、こんなことを考えてしまった。
「別れよう」って僕が口にした途端、彼女はバッグから刃物を出して、僕を刺し殺してしまうのではないだろうかって。
だから、僕の口からは、別れたくてもなかなか「別れよう」と言えない。
だけど、僕も男だ。男らしくはっきりと言わなければいけないこともある。
「駄目だ。今回だけは勘弁してくれ」
きまった!
僕は、なんだか急に、自分が大人になったような気がした。
ふと気が付くと、彼女の目から大粒の涙がこぼれていた。彼女はうつむいて、こう言った。
「あなたの口から、そんな言葉が出るなんて思ってもみなかったわ……。こうなったら、私にも覚悟があるわ」
僕は、なんだか嫌な予感がしたので、その場を逃げ出そうとしたが、金縛りにあったかのように身体が動かない。彼女の両手に握られた鋭く光るナイフが、僕をじっとにらみ付けていたからだ。
「このナイフであなたを刺して、あなたの血で、この真っ白なワンピースを真っ赤に染めるまでよ」
彼女は僕の首筋に、ナイフを突きつけた。
「じょ……、冗談だろ?」
僕は恐怖で身体が凍りつきそうだった。彼女の眼差しは真剣以外の何者でもなかったからだ。
心臓の音は、ドクンドクンと高鳴っているのに、僕の身体はまるで、血液の流れが止まってしまったかのように寒気がして、ブルブルと震えた。
「今まで私の言うことを聞いてくれたから、お礼にあなたの望みを聞いてあげる。さぁ、どこから刺してあげようか?
喉? それとも心臓?」
「……」
僕は、恐ろしくて言葉が出なかった。
「黙ってても仕方ないわよ。なんだったら、私が選んであげましょうか?」
僕は、あまりの恐怖に失神しそうになった。
その時だった。彼女の持っていたナイフが、僕の左胸深く突き刺さったのは。
僕の心臓の動きに合わせて血が吹き出た。鮮紅色の血と、黒ずんだ血が。それが彼女の真っ白なワンピースに飛び散って、みるみるうちに、真っ赤な血の色に染めあげていった。
薄れていく意識の中で僕は、満足そうな笑みを浮かべている彼女を見て、その真っ赤なワンピースがとても似合っていると思ってしまった……。
END
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