title:Hunter『闇』を狩る者
write:紅 猫紫

 I. 紫の闇

 月のない夜だった。
 おまけに星すら見えない、完全な闇夜。
 辺りは静寂と暗闇に支配され、まるで時が止まったようだった。
 その静寂を、幾つもの足音が壊していく。
 闇の中を走っていく集団。それは…。

 彼らは、一つの大きな町を目指していた。

 少女は熟睡していた。
 ふわふわの布団にくるまり、人形を抱きしめて眠っていた。
 男は妻の肩を抱き、ソファでうたたねをしていた。
 女は泣きつかれて眠りについた赤子を抱き眠っていた。
 町の人々は明日のために眠っていた。
 その為に気づかなかった。忍び寄る悪夢に。

 番犬が、異変に気づいて声を上げた、その時だった。
 町から火の手が上がったのは。


 セフェーレア大陸。
 そこは世界でも知らない者はないほど魔物や盗賊、が集結する危険な土地だった。
 他の大陸と遠く離れた所なので、人々は移住もままならず、彼らにただ怯えるだけだった。
 しかし、彼らに立ち向かう者たちも存在した。
 『闇』を狩る者、『ハンター』である。


 リザ国の辺境の村、ロックシティにある小さなバーに一羽の鳩が降り立った、その時…

 がしゃんっっ!

 その音は静かな部屋にいやというほど響きわたった。
「…あっちゃー…やっちゃった…」
 粉々に砕けた皿を見下ろして、少女は頭を掻いた。黒髪に青い瞳の気が強そうな少女だ。
 側のテーブルには何十枚もの皿が積み重ねられている。
「よっ…と」
 彼女は片手に持った数枚の皿をそれに重ねると、しゃがみこんで破片を拾いはじめた。
「は〜あ。マスターに怒られちゃうよぉ…」
 拾いながら溜め息をつく。
 その時、突然ドアが開く。少女はぎょっと振り返った。が、入ってきた女性を見て、ほっと息をつく。
「あ、なんだカディかぁ…。マスターかと思った」
「……セインス。これで一体何皿目?」
 カディは困ったように苦笑した。二十歳前後の、後ろ髪が長い美女で、髪も瞳も綺麗な銀色だった。
 彼女がパチンと指を鳴らすと破片がふわりと浮き上がり、あっと言う間にもとの皿へと姿を変えた。
 彼女の持つ念動力の一つ、『再生能力』である。
「ありがとうっ 今日も絶好調だねっ」
「セインス、次はちゃんと気をつけてね。私だってそんなに甘くはないから」
「…そんな事十分わかってるって」
 割れたはずの皿をテーブルに重ねると、少女 セインスは皿があった戸棚に手を伸ばし、奥に隠されたスイッチを押す。
 ガタンという音と共に戸棚がへこみ、大人一人が通れるくらいの隙間ができた。
「行こっか」
 セインスはそう言うと、隙間に入り込む。カディもそれに続く。
 二人が入ると戸棚は元の形に納まった。
 その先には薄暗く長い階段が真っ直ぐに延び、突き当たりに一つ、ドアがあった。
 カディはドアの前に立つと、コンコン、と軽くノックした。ドアが静かに開く。
 二人は素早く中に入るとパタンとドアを閉めた。カチャリ、と小さく鍵の閉まる音がする。
 中は比較的広めの小部屋で、天井に小さな天窓がある。そして少年が一人、部屋の壁に凭れていた。
 歳はセインスと同じくらいだろう、長く一つにまとめた紫の髪と瞳、先の尖った耳はシルフ族の血を継いでいることを表している。
 彼は感情のこめられていない瞳に二人を映すと、呟くように言った。
「…セインスとカディか」
「リュート、昨日はおつかれさま。『炎の牙』はほぼ壊滅したわ」
 カディがそう言うと、彼は黙って目を閉じる。
「…リュート」
 セインスが心配そうに呟く。
(町を守れなかった事、悔やんでるんだ…)
 めったに感情を表に出さないリュートを一番理解しているのは幼なじみの彼女だった。
 しかし彼は相変わらずの無表情で言った。
「…さっきラズから連絡があった。『私情ですまないが、知り合いから依頼が来た。しばらくしたら依頼主を連れて来る』とな」
 それを聞いてカディとセインスは顔を見合わせる。
「私情…という事は、個人的な仕事になるのね」
「珍しいね、ラズがそう言うの」
 そう言った後、セインスは溜め息とともに付け加える。
「あんましマトモな依頼じゃなさそうだね」
「サーフェスからの依頼もマトモとは言いがたいでしょ」
『サーフェス』。
 大陸各地のハンター達をまとめる組織のことである。しかし、その実態はごくわずかのハンターしか知らないことだった。
「…それと」
 ボソッとリュートが言う。二人は彼を見やった。
「サーフェスからの依頼も来た。ついさっきな」
「えっ…二つも仕事するのっっ!?」
 セインスは思わずばんっっとテーブルを叩く。
「で、なんて言ってきたのよ、あっちはっ!」
 リュートはそれに少し圧倒されつつ、口を開いた。
「…それは…」

 その時。

「お待たせし…」
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
 突然後ろから声を掛けられセインスは飛び上がった。
「…ラズ!」
 カディが声の主を見て声を上げる。
 そこには金髪の青年と長い黒髪の娘がいつの間にか現れていた。
 青年は服装こそ地味だが、育ちのよさが滲み出ている。それもそのはずで、彼の本性はれっきとしたリザ国の第三王子なのだ。
 ラズ ちなみにこれは彼の仮の名である は緑色の瞳を細めて微笑むと、三人に言った。
「驚かしてすまない。『移動呪文』で来たもので…。あ、彼女はウィルク国第一王女、リリス姫です」
 リリスはふわりと微笑んで会釈する。
 リュートが一瞬眉をひそめた。セインスもギョッと彼女を見た。
「…セインス、どうしたの?」
「え?あ、ううん、なんでもない」
 カディの訝しげな声にあわてて首を振る。
 彼女はそれを怪訝そうに見ていたが、リリスのほうに向き直ると、
「それで、一体どういった依頼で?」
「はい…実は、私の弟を探してほしいのです」

「…ウィルク王と異種族との子供ね…。国家機密級の依頼じゃない。私達に依頼するのも頷けるわ」
 リリスが帰った後、髪を掻き上げつつカディが呟く。
「しかし、十七年も放っておいた弟を今更探すなんて…」
 ラズも考え込む。
 カディは彼を見やり、尋ねた。
「私達の力だけでできるかしら?」
「情報がほとんどないとなると…難しいな」
 ふと、二人は複雑な表情をしたリュートと、それを迷ったように見ているセインスに気付き、顔を見合わせた。
「二人とも、何か知ってるの?」
 カディの言葉に、リュートは黙って目を閉じ、セインスは目を泳がせる。
「……」
「……」
 二人はしばらく黙っていたが、セインスがリュートに言う。
「リュート、二人には言っといた方がよくない?」
「……」
 リュートはふう、と息をつくと、一言呟く。
「セインス、悪いが…お前が話してくれ」
「…わかった」
 くるり、と二人を見て、話しはじめる。

「あの…その弟って、実はリュートの事なの…。リュートは、ウィルク王とシルフ族の女長との間に生まれた子供なの…」

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