「ねえねえ、知ってる?」
 生徒会役員会議が終わったあと、書記の広瀬が尋ねてきた。
 前髪をピン止めで止めているのが愛らしいと思った。
――人には翼があるという話。
――何それ。
――やだ、笑わないでよ、ひどーい。
 下敷きで僕の右腕を叩いてきた。からかったことに対して、すねているのか、頬を膨らませている。
こういうときの顔もまたかわいい。思わず、頬をつつきたくなる。
 先輩も僕もカバンに荷物を詰め終えて、コートを着ているのに、広瀬だけもたもたしている。
「まったく、広っちゃん、トロいよ。先に下駄箱にいっちゃうよ」
 副会長の小岩井さんが髪の毛をかきあげながらぼやいた。左薬指にしているシルバーリングが窓から差し込む光で淡く輝いた。
「だってえ」
広瀬がぐずぐずしているのに会長が痺れを切らせた。駅前のたこ焼き屋さんの名前を出して、「先にいくから後で来いよ」と言いながら、小岩井さんと二人で先に生徒会室を出た。
二人は付き合っていて、お似合いのカップルだともっぱらの噂だ。
かくいう僕もひそかに広瀬のことが気になっていて、魚の小骨のようにチクチク心を痛くする。
なのに、仲良くなりすぎたのか色めいた話はない。
生徒会室には僕と広瀬の二人が残った。
「ほら、早く。腹減ったからたこ焼き食べたいんだから」
一足先に廊下に出た僕が、荷物を詰め終えて、やっとコートを着た広瀬に、入り口に置きっぱなしにしてあった白とピンクのストライプのマフラーを手渡すと、「……い?」と広瀬が小さな声で問いかけてきた。
「え、何?」
「こういうのじゃ、腹持ち悪い?」
 手渡されたのは、深緑色の包装紙に包まれた正方形の箱だった。
山吹色のリボンが鮮やかだと思った。
「何これ?」
「やだ、気がついてよ」
広瀬の頬が赤いのは、西日のせいではない。
「さっき、いったじゃない。翼の話。プラトンが本に書いていたの」
「何て」
 自分でも解るくらいに、声が震えていた。きっと僕の顔も広瀬と同じくらい、あるいはそれ以上に赤いのだろう。
「人間の背中に翼が生えるとき、それは恋しているときなの」
「え?」
 箱を手にしたまま思わず聞き返した僕に、広瀬がいつもと同じように勢いよく背中を叩いた。
「さ、下駄箱まで競争よ。負けたほうがたこ焼きをおごるんだから」
「なんだよ、それ」
「いいの、何でも!」
 跳ねるように廊下に飛び出した広瀬が笑いかける。
 その背中に僕は確かに翼を見る。


(了)
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